オンリーユー オンリーユー

「母さん」
「なんだ?悟飯。飯ならあとちょっとしたらできるからな」
「いや、そうじゃなくて」

いつになく歯切れの悪い息子の口振りを不思議に思い、チチは夕食を作る手を止めて振り向いた。
悟飯の妙な様子は表情からも見て取れた。はっきりとではないが、なんとなく普段とは違う。この微妙な変化が感じ取れるのは、二人が親子だからこそだ。

「どうしただ?」
「その、ちょっと訊きたいことがあるんです」
「ああ、おっかあで良ければ何でも答えるだよ」

言いながら、チチは心の中ではてと首を傾げた。小さな頃ならまだしも、今の悟飯が母に質問をすることはほとんどない。一体どういう風の吹き回しだろうか。
勉強の悩み──ではないだろう。親馬鹿かもしれないが、実際悟飯は賢い息子だ。学校から持ち帰るテストや成績表はいつも高得点。この分なら将来は本当に学者になれるかもしれない。
では、学校で嫌なことでもあったのだろうか。しかし、チチにはこれも考えにくかった。父譲りの温和な気性を持つ彼が人から嫌われるような振る舞いをするとは思えないし、仮に何かあったとして、それは悟飯を追い詰めるとは思えない。
幼い頃からたくさんの闘いや死に向き合ってきた彼の精神力が並々ならぬことは、チチにも分かっていた。

「大したことじゃないんだけど……」
「ああ、いいから早く話すだ」

内容が何であれ、子供が頼るのを無碍にするようでは親失格だ。チチが尚も口隠る悟飯を促すと、悟飯はしばらく躊躇った挙げ句、頬を掻きながらこんなことを尋ねてきた。

「母さんは、どうして父さんを好きになったんですか?」

予想外の言葉に、思わずチチはぽかんとした表情で我が子の顔を見つめた。そんな母の様子をどう受け取ったのか、悟飯は変な質問しちゃってすみません、と慌てて弁解を始める。
いや、チチにとっては質問自体は構わないのだが。

「悟飯からそんなこと訊かれるとは思わなかっただなあ」
「すみません、ちょっと気になったので……」
「謝ることはねえ。だども、うーん、おらが悟空さを好きになった理由か……」

チチは腕組みをして目を閉じ、過去の自分を回想した。
悟空と初めて会った日。二人で筋斗雲に乗って、お嫁に貰ってくれる約束をしたこと。
あれは、一目惚れというべきだろうか。確かに「ヨメ」の意味を理解していなかった悟空からすればただの成り行きかもしれないが、チチは本気だった。だから親元を飛び出し、武道の修行を始めたのだ。
そして、第二十三回天下一武道会。焦がれ続けた思い人は、チチの顔はおろか、名前まですっかり忘れていた。
結婚後の生活を振り返れば、彼はお世辞にも一家の主として出来た人物ではなかったように思う。働きもせず修行にばかり明け暮れ、敵が現れたといってはどこか遠くに行ってしまい、挙げ句に息子まで同じ道を辿らせようとする始末。
その上、彼は「もう生き返らなくていい」と遺言をのこして死んでしまった。
それは、「もうチチと会えなくてもいい」ということと同義ではないだろうか。

(悟空さは、本当はおらのことなんかどうでもいいんじゃねえかな……)

もしかしたら自分が一方的に悟空を好きなだけで、彼はただ成り行きから自分と一緒になったのではないか──そう考えたことがない、とは言えなかった。

(チチさんは、孫くんじゃない人と結婚すればこんなに苦労しないで済んだのにね)

ふと、昔ブルマに言われた冗談が蘇る。あの時は笑ったが、こうして真面目に考えてみると本当にそうかもしれない。
悟空と出会わなければ、普通の女の子らしい少女時代が過ごせた。
悟空じゃない誰かと結婚していれば、苦しい家計に頭を抱えることもないだろうし、修行で汚した大量の洗濯物で手を荒らすこともなかっただろう。
それに、その誰かはきっと自分を置いていなくなることもない。ずっと一緒に、平和で幸せに暮らしていける。
そうかもしれないけど、それでも。

「悟空さは、おらの大事な旦那様だ」

腕を組んだまましばらく唸っていたチチが不意にそんな言葉を発したので、悟飯は少し驚いたようにチチを見た。
チチはどこか晴れやかな表情で、はっきりと我が子に質問の答えを口にした。

「悟飯、理屈じゃねえんだ。おっかあがおっとうを好きになった理由なんてねえだよ。あったかも知れねえが、結婚してから色々ありすぎて忘れちまったな」

そうチチが笑うと、悟飯は真面目な顔をしてこくんと頷き、理屈じゃない、と噛み締めるようにそれを復唱した。
チチが何故悟空を好きになったか──その問いが悟飯にとってどんな意味を持っていたか、チチには分からない。だが、息子の反応は母の言葉によって確かに何らかの答えを得たようだった。
そして、それはチチ自身も同じだ。
はっきりと口にすることで、やはり自分は悟空が好きだと再確認できた。
もしもまた悟空に会えたら、思い切り叱ってやろう。もう置いていかないで、と。
いや、会えなくても構わない。思い続けることだけでも、幸せなのだから。

「さて、そろそろ悟天も帰って来る頃だべ。飯の支度の続きさしねえとな」

俎に向かうチチに、手伝います、と悟飯が声をかけた。


2008.12.10 up   



時系列はハイスクール編です。すごくかすかーに、ほのかーに飯ビでもあります。
なんだかんだいってお互いに好き合ってるだけに、悟空がいないときは辛かったんじゃないかなあ。それでも気丈なチチの強さに憧れます。




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