36.5℃の幸福 36.5℃の幸福

一目惚れだったあの娘とようやくデートを重ねられる仲になったのは、秋も大分深まった頃だった。
秋というより冬に近いその季節の空気は、色付いた街路樹の暖色とは裏腹に、ひんやりと冷たく澄んでいる。
そんな街並みを、クリリンと18号は二人並んでてくてくと歩いていた。こうしていると、空を飛び回って敵と闘っていた時間なんて忘れてしまいそうになる。
ひゅう、と一際強い風がビルの間を駆け抜けて行った。冷気はしっかり着込んだジャケットの隙間から体を撫で、クリリンは小さくくしゃみをした。
隣を歩く彼女を見ると、普段通りの整った表情こそ崩していないものの、時折手を擦り合わせている。

「あのさあ、18号」
「何だよ」
「……やっぱ、いいや」

何でもないんだ、とクリリンが曖昧に誤魔化すと、18号は形の良い眉を不機嫌そうに吊り上げ、足を止めた。

「何なんだよ、はっきりしないのは嫌いだ」
「ごめんな、本当に大したことじゃないから」
「大したことないなら尚更言ったって構わないじゃない」

彼女はしなやかなブロンドをばさりと掻き上げ、海のような蒼い瞳でこちらをじっと見据えた──と同時に、クリリンの心臓は思わず射抜かれたように跳ね上がる。
本当に、いつ見ても綺麗な女性だ。確かに初めて会った頃よりは大分打ち解けたものの、やはりこんな美人に見つめられると緊張してしまう。
でも、暢気に見惚れている場合ではない。こうなると18号は納得するまで不機嫌な視線を送り続けるだろう。海のような瞳が凍てついた北極海になるのも時間の問題だ。

「その、さ」

観念して、クリリンは口を開いた。何度も引っ込めてはポケットに逃げていた手を、おずおずと差し出す。

「最近寒くなってきたろ?だから……手、繋いでもいいかな?」

怒鳴られるのを覚悟でそう言うと、今まさに獲物に飛びかからんとする豹そっくりに細められていた18号の瞳が、びっくりした様にまるく開いた。お、珍しい表情、なんて眺めていると、

「……バーカ」

予想していたよりもずっと少ない文句と共に、細い指がそっとクリリンの無骨な手に絡みついた。

「遅いんだよ、言うのが」
「へ?」
「ほら、早く行くよ」

ぎゅっと手を強く握り直し、18号はクリリンをぐいぐいと引っ張るように歩き出した。先を歩く彼女は背中しか見えず、どんな表情をしているかは分からない。
それは昔から夢見ていた『女の子の手を取ってエスコートする自分』の姿には程遠く、クリリンは少し苦笑した。

(まあ、いいか)

手を繋いだほんの一瞬だけ彼女の表情が照れたように緩んだのが見えたし、あったかい、と呟く小さな声も聞こえたから。

2008.November.22 up  



クリリンと18号は本当にお似合いだと思います。ある意味どのカップルよりも模範的かも。笑




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