La fille qui peigne les cheveux La fille qui peigne les cheveux

少女は髪を梳っていた。
趣味の良い装飾の施された椅子の上に座り、それとは対照的にシンプルな黒いワンピースを纏い、彼女はただ無表情に髪を梳く。
肩にかかって流れる天鵞絨に似た髪もまた黒く、梳くとすう、すう、と滑らかな衣擦れの音がした。
その光景はさながら一幅の絵画のようで、タイトルをつけるならばどんなものが似つかわしいだろうか、とジズが幾つかの単語を思い浮かべたとき、「梳る少女 」──仮題──が不意に口をきいた。

「鋏を貸して頂戴」
「ええ、洋裁の鋏で宜しければお貸ししましょう」
「汚してしまうかもしれないけれど」
「一丁くらい使えなくなっても構いませんよ。さあ、どうぞ」

作業卓の引き出しから取り出された鈍い銀の鋏をかごめが受け取るその瞬間、ふとジズはその鉄塊が少女の白い手首をぽきんと折ってしまいはしないか、と気を 揉んだ。
しかし、かごめはいとも簡単に鋏を持ち上げている。どうやら杞憂だったようだ。
何が面白いのかかごめは興味深そうにその刃を二度三度と動かした後、さっき梳いたばかりの髪の束を手に取り、しゃきん、と鋏を入れた。

「おや」
「どうか、した?」
「切ってしまうのですか」
「ええ」
「勿体無い。長い髪もなかなかお似合いでしたのに」
「そう」

会話の間にも鋏は正確に彼女の一部を切り取り続けていた。
ぱらぱら、はらはら、と黒い天鵞絨は黒い絹糸に変わってカーペットの上に散っていく。
やがて彼女は鋏を繰る手を止め、ジズに鏡を要求した。
貴女の望みとあらば、とジズは先程の様に手早く手鏡を用意し、それでかごめを映してやった。
二人のかごめはしばらく黙っていた。互いに手を合わせ、互いの瞳に互いを映し、ただじっと黙していた。
やがて彼女は、唇を震わせることなく満足の意をジズに伝えた。視線を虚像の自分から逸らすことによって。

「お気に召しましたか」
「気に入ってはいないわ。私は一度だって自分を気に入りなんかしていないもの」

かごめの言葉は、さながら人形師のそれだった。
何体もの美しい人形、傍目には完璧であるようにしか見えない子供達に対して、手掛けた親がかける言葉だった。
無論、彼女のいう意味がそれと同じベクトルであるはずはないが。

「これは私の亡骸よ」

緋色の敷布に散らばった髪は、確かに彼女自身だったものだ。
髪にせよ爪にせよ、今まで愛でられていたそれらは主の体を離れた瞬間に生を失う。ただ黙して鮮血の様な緋色の中に横たわるだけだ。

「貴方は、『私』を愛してくれるかしら」

かごめは自分の亡骸を目で指しながら、静かに、しかしはっきりとそう言った。

「無論です。生きていても死んでいても、貴女の価値は変わりません。その証拠に、ほら、私は貴女の全てを愛してきましたよ」
「……そうね」

ジズの答えは実に明確だった。何せ、その証拠は物質的なものなのだから。

「切った髪、折れた爪、零れた体液の一滴に至るまで、私は貴女を無駄にしたことはありません。
ええそうですよ、だからこそ私は貴女との『子供』を気に入らない訳がない」

微笑むジズの背後で、何かがうぞりと蠢動した。


2008.October.9 up


自分のだと分かっていてもごっそり抜けた髪は気持ち悪いですよね。
紳士様はかごめに甘いです。






戻る inserted by FC2 system