シュガーボールの幸福論 シュガーボウルの幸福論

「何をしているのです」
「あまい水をつくるのよ」

薔薇色のドレスを纏ったアンティークドールが居ないと思ったら、 彼女は庭の池の水際にしゃがみ込んでいた。
それは厳密にいえば池というには大きすぎ湖というには小さすぎるなんとも半端な水溜りだが、 一応手入れはされており、 滾々と湧き出る水は冷たく澄んでいた。
水深は深い。質量のあるもの――物でも、者でも――が落ちれば、たちまちに水底へ沈み込む。
当然、陶器で出来た彼女が遊泳する事は出来る筈もなく、 落ちればやがて間接も歯車も錆び、 動かなくなってしまうだろう。
つまりそれは彼女の死であり、 人形師はそれを心配して声をかけたのだった。

「甘い水、 ですか」

近付いて見てみると、 人形の細い腕にはガラスの砂糖壷が抱えられていた。
普段なら純白の甘い粉雪が詰まっている壷の中身は――空、 である。

「……甘い水、 ですか……」

溜め息混じりの同じ言葉をもう一度、 台詞を忘れた舞台役者の様に。
要するに、 彼女は砂糖壷いっぱいの砂糖をすべて池に撒いたという訳で。

「お砂糖を入れたお紅茶はあまくておいしいの。 シャルロットはあまいお紅茶を飲むと幸せになるの」

ガラスの容器を抱いたまま、 人形は幸福論を語って微笑んだ。

「みんなに甘いお紅茶を飲ませてあげたかったの。 でもシャルロットはお紅茶を淹れられないの」

だから、 あまいお水をつくるのよ。 ジズも飲んで幸せになるの。 と、 人形は言う。

――その心遣いは善いことなのですがね……

人形師は再び溜め息を吐き、 さてどうしたものかと考える。
取り敢えず、 この幼い人形に池の水は飲めないということを説明する必要があるだろう。
その後、 美味しい紅茶の淹れ方を教えてあげようと思う。


2008.June.21 up  


シャル嬢がおばかさん過ぎるかも。このくらいが好きなんですが。



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