と或る真夏のワンシーン と或る真夏のワンシーン

朝から強く照っていた太陽は昼休みをとることなく働き、13時の街並みはさながら熱したフライパンのようだった。
その中を5分も歩けばもう汗だくになる。
ことに担いでいるギターケースのせいで背中はひどいことになっていたが、彼は気にしないよう努めていた。
額を伝う汗を拭おうと持ち上げた手が眼鏡にぶつかり、ち、と彼は小さく舌打ちをした。
眼鏡は嫌いだ。
しばしば、こんなものに頼らざるを得ない自分が情けなくなることがある。
彼は大儀そうに眼鏡を外し、汗を手の甲で拭った。
暑さのせいだろうか、ひどく苛々する。
彼はふと左手に持ったままの眼鏡を、そのまま握り潰してしまいたい衝動に駆られた。
甲虫の様に黒光りするフレームごと、分厚いレンズが砕ける様を想像する。
なかなか気味が良い──

「ナカジくん?」

不意に呼び掛けられて彼は振り向こうとし、思い止まって慌てて眼鏡をかけた。
明瞭になった視界が捉えた人物は、見慣れた一人の少女。
ひとつ違うのは、紺のセーラー服の代わりに真っ白いワンピースを着ていることだ。
彼女は片手に買い物袋を下げ、空いた方の手をひらひらと振っている。

「サユリか」
「やっぱりナカジくんだ。こんにちは、今日もギターの練習?」
「まあ、な」
「ね、もしかしてさっき眼鏡外してた?」
「……見てたのか?」
「ううん。ただ、振り返ったときに眼鏡に手を当ててたから」

その時の真似なのか、サユリはこめかみの辺りに触れる仕草をした。

「眼鏡を外したところ、気になるなあ」
「気にしなくていい」
「うん、じゃあ気にしないね」

間髪を入れない返事が面白かったのか、サユリは大きな瞳を眩しそうに細めて笑った。
そして何かに気付いたように布製の買い物袋を覗き込み、あ、いけない、と声を上げた。

「わたし、行かなきゃ。アイスが溶けちゃう」
「そうか」
「それに、ナカジくんも用事があるんだよね?」
「気にしなくていい」

引き止めちゃってごめんね、と頭を下げるサユリに、彼は先刻と同じ言葉をかけた。

「ありがとう。それじゃ、またね」
「ああ」

会ったときのように、手を振ってサユリは駆けていく。
だんだん小さくなってゆく少女の後ろ姿が曲がり角に消えるまで、その映画のフィルムをコマ送りにした様な光景が、彼には最後までよく見えた。
それがあの忌々しいレンズの効果であり意義だということを考えない為に、彼は財布の中を思い起こした。
あの中には百円玉は入っていただろうか。
そうだ、何か冷たいものを買って帰ろう。
青い氷菓を思い浮かべて、彼はまたゆっくりと歩き出した。


2008.September.14 up


8月拍手お礼SSより再録です。
ナカジはあの屈折したひねくれ感が魅力ですが、ナカサユではこの限りではない、と思います。笑





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