文学少女は宇宙理論に恋をするか? 文学少女は宇宙理論に恋をするか?

「地球があとどれくらいでなくなるか、知ってる?」

放課後の図書室、『A−歴史・文化』の書棚に隠れた席に、君はいつも座っている。
長い三つ編みに、細い眼鏡。
如何にも文学少女然としたその姿と図書室の調和に、どこか安心感を覚える。

「……確か、50億年後くらいじゃありませんでしたか?」

突然の質問に驚いた素振りも見せず、彼女は本に目を落としたまま、淡々と答えた。
紡ぎ出された答えは、見事に正解。

「あたり。最近の研究だと、もう少し保つんじゃないかって話だよ。
少なくとも、君がその本を読み終わるまではね」
「それは安心ですね」

そう言った彼女の表情は少しも変わっていなかった。
多分、今本当に地球が滅びたとしても、彼女の表情は変わらない気がする。
ただ本の続きが読めなかったことを惜しむだけだろう。
しかし、態度が素っ気なくとも無視だけはしない辺りに彼女の生真面目さが伺えた。
そういうところも含めて、彼女の存在はある意味予定調和的なんだと思う。

「じゃあ、地球に有機生命体が産まれる確率は知ってる?」
「いいえ」
「こうやって、」

宙に四角を描き、それを持って振るジェスチャーをすると、彼女はやっとページから目を離してこちらを見た。
ひたすらぶんぶんと腕を振るジェスチャーに、なんのつもりですか、と首を傾げる。

「箱の中にバラバラの時計のパーツを入れて、ひたすら振る真似」
「はあ」
「時計は完成すると思う?」
「到底無理だと思います」
「それがね、地球に有機生命体が誕生する確率」

そこでやっと、彼女の表情が変わった。
元から丸い瞳がほんの僅かに見開かれただけだが、それで充分だった。

「びっくりした?」
「少しだけ」
「少しだけ、ね」

本当かな、と顔を覗き込んでやると、彼女は眼鏡を人差し指で押し上げながら、丸い瞳でこちらを見返した。
こういう時、彼女は決して視線を逸らさない。
しばらく二人でにらめっこ。

「分かりやすい例えでしたけど、数字で表した方が説得力がありますね」
「実は、ちゃんとした確率は知らないんだ」
「次からはちゃんと調べてから発言して下さい」
「善処するよ」

彼女からの返事はなく、しかし黒い瞳から注がれる視線が本に戻ることもなかった。
彼女の代わりにちらりと本に目を向けると、どことなく見覚えのあるシーンだった。
過去に読んだことがある本のようだ。
思い出せる限り、それは特に目立って重要でもないシーンだった気がする。
文字列を追う。ふと、ひとつの台詞が目に飛び込んだ。

「『もし、おれが合法的に君と結婚できたら、おれはそうしたろう』────」

思わず読み上げた後に彼女を見ると、その表情がまた微妙に変わっているような気がした。
やや長い間をとり、彼女はまた本に目を遣りながら何気なく、地球が滅びても構いません、と言った。

「読みかけの本があるのに?」

ああ、と彼女は軽くページを指で叩いた。 白い指の動きは、ピアノを弾く様な、どこか優雅な動作だった。

「この本だったらいいんです。もう何度も読んでいますから」

そう言って、彼女は小さく微笑んだ。


(あなたとわたしと、アンディーはどちらなんでしょうね)


2008.August.30 up  

タイトルや引用文はあの某有名SF小説から。
叙述トリックというやつに挑戦してみました。玉砕しました…。
確率の話はどっかで読んだのをうろ覚えで書いたのであまり信じないで下さい笑




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