一度目の死はクリームチーズを添えて 一度目の死はクリームチーズを添えて

そこは、白い部屋だった。
部屋は余り広くはなく寧ろ狭すぎるくらいで、天井は伸ばした手がちょっと届かないくらい、だけど横は手が広げれられない程の幅で、わたしは縦になった大き めの棺桶を想像した。
何もすることはなかった。出よう、とも思わなかった。そもそもこの部屋に扉はついていない。わたしはただじっと膝を抱えて丸まるように座っていた。

ぼたり

…………つめたい。

不意に、膝を抱えていた腕に何かが落ちてきた。わたしは首だけ動かして低い天井を見上げる。天井はただただ白いだけだ。
次にわたしは首だけ動かして腕を見た。丁度手首の辺りに、部屋と同じ真っ白な何かがついていた。

ぼた ぼたり ぼたっ

続けざまに腕についた白いものの量が増えていく。天井から降ってくる、のだろうか。
柔らかいそれはヨーグルトに似ていた。さもなくばクリームチーズ。誰かがスプーンで掬った(多分無糖のプレーン)ヨーグルト。ぼたぼたぼたぼたと。
わたしは同じ姿勢のままどんどん降ってくるそれを眺めていた。それは腕から零れ落ちて膝も臑も汚す。ぼたぼたぼた。

なんだか美味しそう。

わたしはまだ降り止まないそれを舐めてみようとしたところで、気付いた。おかしいな、舌が出せない。口がない。
わたしはそこで漸く膝を抱えていた腕を解いて、顔に触れてみた。そこに慣れ親しんだ皮膚の感触はなかった。
ただ、どろりと溶解した何か(そうたぶんヨーグルト、)に指を突っ込んだような気分になった。
わたしの顔は溶けてしまったんだ。
そう思って暫く指で顔だったところを掻き回していると、膝の上に丸いものがころんと転がり落ちた。そして白い部屋は真っ 暗になった。
きっとあれは目玉だったに違いない。
そしてそれをきっかけにわたしはわたしの体全体が溶解し始めるのを感じた。
それは水の中に沈んでいくような気分、それともやはりヨーグルトの中に混ざる砂糖のような気分だった。
最後に脳が溶ける直前、わたしはあの柔らかい時計、あのサルバドール・ダリの絵画のタイトルは何だったかなと思った。

『記憶の固執』

目が醒めた。
何故かわたしはひどく窮屈な体勢でいることに気付き、それを不快に思った。
腕を伸ばしてみると白い部屋の壁にめきりと皹が入り、わたしは驚いて手を引っ込めた。恐る恐るもう一度壁を押してみる。

めきり、めき、ばきばき。

皹が入るどころか、壁は簡単に割れて穴があいた。あまりの呆気なさにわたしは拍子抜けしたが、わたしはその穴から外へ這い出てみた。
そのときわたしは、背中に羽が生えていることに気付いた。


2008.June.21 up


蛹の羽化のはなし のつもり。



戻る inserted by FC2 system